大工の見習い  No.27

大工の見習い No.27

2023.03.29
トヨちゃんの回想録

今日は1月2日。

朝早くからお婆さんが忙しく動き回っていた。

「お婆さん、何かあったん?」

僕は不思議に思って、お婆さんに尋ねた。

「いいや、今日は映画を見に行くんよ!トヨちゃん、あんたも行くんじゃろう?」

「どんな映画?」

「『君の名は』じゃがな!みんな行くんよ。おかみさんから聞いてないの?」

「ハイ。」

「トヨちゃんも連れて行ってやればええのになぁ。お爺さん、お婆さんもお金を持ってないので、トヨちゃんに何もしてあげられない・・・」

と、悲しい顔をした。

「いいえ、その気持ちだけで充分です。お婆さんありがとう。」

そこにおかみさんが現れ、

「トヨは映画を見に行かんのか?」

「ハイ、僕はラジオで聞いていますので。」

「ふうん。この子は変わっとるな~。」

 そう言いながら、お爺さんとお婆さんを連れて家内中で映画に出てかけて行った。

隣近所の人達も、今日この辺りに残っているのは牛や犬、猫と僕ぐらい。

お金が一円もないのにどうする事も出来ない。

おばさんが出してやるからと言ってくれたら、喜んで行っとら~!と叫びたかった。

家に居ても仕方が無いので、近所の人に頼まれていた田植えに必要な代掻き馬鍬(しろかきまんが)を作ったが、朝の内は辛くて泣けて泣けて、こんなにも涙があるかと思うぐらい涙が止まらなかった。

夕方に映画から帰った親方が代掻き馬鍬を眺めていた。

「これはお前が作ったんか?」

「ハイ。」

「ようやっとるがな。」

                                つづく

                      

 トヨちゃんの回想録『大工の見習い』

有本建設 創設者である有本豊敏が丁稚時代を語る。